味付けの系統とだしの基本設計
すまし・白みそ・合わせみその位置づけ
関東は、澄んだすましが主流

関東地方では、透き通った「すまし仕立て」が主流とされています。だしには主に鰹節や昆布を使用し、味つけは醤油ベースが一般的です。このすましに、焼いた角餅を加えるのが特徴です。関東のすまし仕立ては、素材そのものの味を活かすことに重きが置かれており、見た目の清澄さも含めて「正月の清らかさ」を象徴する料理とされています。比較的シンプルでありながらも、だしの取り方や具材の選び方に奥深さが求められます。また、関東の都市部では核家族化や共働き家庭の増加により、市販のだしやストレートつゆを使った簡便なスタイルも浸透していますが、正月だけは手間をかけるという家庭も多く、伝統の継承が見られる場面です。
関東は、昆布だしに白みそ・合わせみそが主流

一方、関西地方では昆布を主としただしに、白みそまたは合わせみそを使った雑煮が広く親しまれています。味わいはまろやかで甘く、見た目にも白濁した仕上がりが特徴です。昆布だしは旨味が強く、白みその甘味と相まって、より家庭的で包容力のある味わいになります。このスタイルは、特に京都府などの伝統的な文化圏で顕著であり、煮た丸餅を使うことも多く見られます。白みそ仕立ての雑煮は、祝いの席にふさわしい「白さ」や「まろやかさ」を表現する意図があり、古くからの風習と深く結びついています。また、味噌の濃度やだしの比率には地域差があるため、隣接する府県でも微妙に異なる風味を持つことがあります。
だしの取り方(昆布/かつお/いりこ/鶏)
だしは、昆布・かつお・いりこで引く

家庭では「昆布15g+鰹節20g+水1L」で約7分の加熱→漉す方法、または「昆布10g+鰹節20g+水1L」を一晩置く水出しが手早く再現しやすいです。だしの厚みは具材の脂や甘味で変え、根菜が多い日は強め、青菜中心の日はやや軽めに整えると全体のバランスが安定します。
塩分と甘味の調整軸
甘味・塩味の足し引きで味を調整
白みそ仕立ては米麹由来の甘味が強いため、追い砂糖は控えめにし、香味(柚子・三つ葉)で後味を引き締めます。すましは塩・醤油の足し方を少量ずつ。栄養面では塩分摂取の目安が示された基準(2025年版は令和7〜11年度の5年間適用)を手がかりに、だしの旨味を優先して味付けを決めると安心です。
参照元:
農林水産省 日本人の伝統的な食文化(おいしい和食のはなし。)
農林水産省 全国のいろいろな雑煮
農林水産省 東北農政局ブログ(簡単なお出汁の作り方)
農林水産省 「出汁」で味わう和食
厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2025年版)
農林水産省 食べて学ぶ日本の文化(大量調理向けの出汁の引き方 等)
餅の形と下ごしらえ
角餅・丸餅の扱いと意味合い
関東は、保存性に優れた角餅を焼いて使用

関東では、長方形の角餅を焼いて使うのが基本スタイルです。角餅は板状に作り、均等に切り分けるため保存性と配膳効率に優れ、江戸時代の武家社会を通じて定着しました。雑煮に入れる際は、餅を網でしっかり焼き、外は香ばしく中はもっちりと仕上げるのが主流です。焼くことで風味が増し、汁に溶けにくく、食べ進めても形が保たれる点も好まれています。
関西は、丸餅を煮てやわらかく仕上げる

関西では手で丸めた丸餅を煮て使うのが一般的です。丸餅は「円満」「和合」を象徴し、切らずに使うことで縁起の良さも重視されます。調理では焼かずにそのまま煮るため、餅は汁を吸ってやわらかくなり、全体になじみやすいのが特徴です。家庭ごとに餅の大きさや厚みに個性があり、手仕事の温かみを感じられるのも関西雑煮における丸餅の魅力といえます。
焼く・煮るの違いと手順設計
関東の澄まし系は、焼いてから汁に加えるのが基本

関東の雑煮では、角餅を焼いてから汁に加える手順が基本です。餅は網などでしっかり焼き、表面に焼き目がつくことで香ばしさと食感が加わります。この香ばしさは、澄んだすまし汁に立体感を与える役割も果たします。焼いた餅は、最後に椀に盛り付け、温かい汁を注いで仕上げます。汁に直接餅を入れて煮込まないため、餅が溶けにくく、形が崩れない点も利点です。汁との分業的な調理が、関東雑煮の整った印象を支えています。
関西の白みそ系は、別鍋で丸餅をやわらかく煮てから椀に入れるのが一般的
関西では、丸餅を別鍋で煮てから椀に盛る手順が一般的です。特に白みそ仕立ての雑煮においては、餅を汁で煮込むと汁が濁ったり、餅が煮崩れる恐れがあるため、別工程で丁寧に火を通すのが基本です。丸餅は水からじっくり煮て、中心までやわらかく仕上げた後、器に移して白みそ汁を注ぎます。餅の柔らかさと汁のまろやかさが調和し、なめらかな食感を生み出します。丁寧な煮炊きが味の決め手となるのが、関西流の特徴です。
のびと食べやすさの調整

餅を食べるときは、窒息事故に注意
餅はのびやすく、年末年始は事故が増えます。東京消防庁のまとめでは、令和元年〜5年の5年間で餅等による窒息で高齢者353人が救急搬送されています。小さく切る・よく噛む・先に汁で喉を潤す・見守りを強めるなどの注意点が示されており、家庭でも徹底が安心です。
参照元:
文部科学省 全国のお雑煮(学習資料)
農林水産省 全国のいろいろな雑煮(特集)
農林水産省 白味噌の雑煮(京都府)
農林水産省 全国のいろいろな雑煮
東京消防庁 餅などによる窒息事故に注意!
定番具材の選び方
根菜と青菜の基本配合

澄まし系では、小松菜や三つ葉が香りの軸
関東の澄まし仕立て雑煮では、小松菜や三つ葉などの青菜が香りと彩りの軸となります。鰹節や昆布のすまし汁に、香ばしく焼いた角餅を合わせる際、青菜のすっきりとした香味が全体のバランスを整えます。火を通しすぎず、最後にあしらうことで香りを引き立てるのがポイントです。東京都の江戸雑煮では小松菜が定番で、三つ葉やゆず皮を添えると、より華やかで洗練された仕上がりになります。
白みそ系では、里芋・金時にんじん・大根が基本
関西の白みそ雑煮では、根菜3種(里芋・金時にんじん・大根)の組み合わせが基本形です。これらはすべて丸く切り、丸餅と共に“円満”を表すように仕立てられます。具材は白みその甘さを引き立てるよう、事前に下ゆでしてから加えるのが一般的です。京都府の例では、この3種に加えたこ昆布や頭芋を添える家もあり、地域や家庭ごとに微妙な違いがありますが、丸餅との一体感が重視されるのは共通しています。
肉・魚・貝の使い分け
肉・魚・貝—主たんぱくの選び方
澄まし系は鶏もも肉を少量入れてだしの旨味を補強する例が代表的です。一方で九州の例ではブリの切身を主役にし、あごだしと合わせる地域もあります。全国には100種を超える雑煮があり、地域の習わしに合わせつつ、家族の嗜好で主たんぱくを一つ選ぶと構成が明快です。
きのこ・豆腐・油揚げの補助役
きのこ・豆腐・揚げ—旨味と食感の補助
旨味と食感を底上げする補助役として、しいたけ・しめじ等のきのこ、焼き豆腐・高野豆腐、油揚げが使いやすいです。公的教材の6地域比較では、九州例に焼き豆腐、東北例に高野豆腐が登場します。主たんぱくが軽い日は豆腐類を、重い日はきのこ中心にすると全体が落ち着きます。
薬味と仕上げ要素
薬味と仕上げ—香りで整える
柚子の皮、三つ葉、かつお節、刻みねぎなどの薬味は、味の輪郭を整える最終工程です。東京の例では仕上げにかつお節をのせ、香りで全体をまとめます。白みそ仕立てでは柚子皮の香りが甘味を引き締めます。薬味は入れ過ぎず、ひと椀に一種を基本に選ぶと過不足がありません。
参照元:
農林水産省 全国のいろいろな雑煮(東京江戸雑煮)
農林水産省 日本人の伝統的な食文化(おいしい和食のはなし。)
農林水産省 全国のいろいろな雑煮(東京江戸雑煮/博多のブリ雑煮)
農林水産省 雑煮(福井県の地域例)
文部科学省 全国のお雑煮(学習資料)
農林水産省 白味噌の雑煮(京都府)
地域別の組み立ての傾向
地域別の雑煮

北海道の多様性—焼き角餅と醤油・味噌の両立型

北海道の雑煮は、本州各地の文化を取り入れた多様な構成が特徴です。角餅を焼いて使うスタイルが主流で、だしは昆布を基本に、醤油仕立て・味噌仕立ての両方が見られます。具材は野菜に加え、鮭やいくらなど地域性ある食材が加わることもあります。また、切り口が「つ」の字に見える「つと」(なるとの一種)を入れるのが特徴です。つとは、魚のすり身を棒状に成形し、藁や紙で巻いて加熱・乾燥させたもので、保存食でありながら旨味のあるたんぱく源として重宝されてきました。切り分けて雑煮に加えることで、だしにコクが増し、寒冷地の正月にふさわしい滋味豊かな椀に仕上がります。寒冷地での保存性や、温まる工夫が反映された構成であり、“焼き×角餅”の系譜に位置づけられます。
東北の郷土色—“くるみだれ”を添える二段構成

東北の一部では、擂ったくるみを甘塩でのばした“くるみだれ”を別添えにし、餅にからめて味わう二段構成が見られます。岩手の郷土料理として手順が整理されています。公的教材の6地域比較でも、東北の特色として“別添えの甘たれ”が例示されています。
関東のすまし系—焼き角餅と青菜

関東の代表例は、かつお節や昆布のだしを醤油で調え、焼いた角餅と青菜を合わせる構成です。東京の江戸雑煮では小松菜・三つ葉、仕上げのかつお節が示されます。教材の6地域比較でも、関東のすまし系が一例として整理され、“焼き×角餅”の特徴が明確に伝えられています
中部の一例—白みそ×餅菜で香りよく

中部(名古屋周辺)の例では、白みそ仕立てに丸餅、青菜は“餅菜(正月菜)”を合わせる組み立てが紹介されています。白みその甘味を青菜の香りで引き締めるのが要点です。教材の6地域比較にも愛知の一例が含まれ、だし・餅・具の対応が図示されています。
近畿の白みそ系—丸餅と丸く切る根菜

近畿の典型は、昆布だしに白みそを溶き、煮た丸餅を合わせる甘やかな椀です。京都の例では大根・金時にんじん・里芋を“丸”に切りそろえるのが特徴で、形が丸餅と呼応します。根菜3種の甘味と白みそが調和し、薬味の柚子皮で後味を軽く仕上げます。
九州の個性派—煮る丸餅とブリ×あごだし

九州では、丸餅を煮て使うスタイルが多く、あご(飛び魚)だしの芳醇な香りと旨味が土台を支えます。福岡の博多雑煮ではブリの切り身やかつお菜が使われ、主菜的な構成をとるのが特徴です。汁はすまし系ながら、だしの厚みと具材の個性が強く、「餅を包み込む」具だくさん構成が多く見られます。焼かずに煮る丸餅との相性もよく、家庭ごとに味の差異が表れやすい地域です。
参照元:
文部科学省 全国のお雑煮(学習資料)
農林水産省 全国のいろいろな雑煮(東京江戸雑煮)
農林水産省 日本人の伝統的な食文化(おいしい和食のはなし。)
農林水産省 全国のいろいろな雑煮(東京江戸雑煮/博多のブリ雑煮)
農林水産省 くるみ雑煮(岩手県)
農林水産省 お雑煮(東京都)
農林水産省 雑煮(愛知県)
農林水産省 白味噌の雑煮(京都府)
農林水産省 博多雑煮(福岡県)
家族配慮と栄養設計
子ども向けの味と具材の配慮

子ども向け—薄味・香り弱めで食べ進めやすく
成長段階に応じて味覚が敏感なため、だしの旨味を主体に塩分は少量ずつ加えます。具は噛み切りやすいサイズと柔らかさを意識し、薬味は控えめにします。栄養面の判断では、2025年版の基準が公表されており、家庭の目安設定に役立ちます。
高齢者向けの硬さと塩分配慮

高齢者向け—やわらかさと見守りを重視
高齢者では咀嚼・嚥下に個人差が大きいため、根菜はやわらかく煮て角を落とし、餅は小さく切って一口ずつ。年末年始の事故対策として、令和元年〜5年に餅等による窒息で高齢者353人が救急搬送された統計を踏まえ、食べる場面の見守りを強めます。
アレルギーと置き換え
アレルギー配慮—表示確認と置き換えの基本
みそ・しょうゆ・だし素材や具材には特定原材料等が含まれる場合があります。表示で確認し、必要に応じて置き換えます。表示制度では特定原材料8品目(えび・かに・くるみ・小麦・そば・卵・乳・落花生)の表示が義務です。新しい食材は1品ずつ試し、記録を残すと安全性が高まります。
餅と誤嚥・窒息の留意点
餅と誤嚥・窒息—年始のリスクを見える化
年末年始は餅による事故が増えます。東京消防庁のまとめでは、令和元年〜5年の5年間で餅等による窒息で高齢者353人が救急搬送されています。小さく切る、よく噛む、見守りを強めるなど複数の対策を“重ねて”実施することが、家庭での実効策になります。
参照元:
東京消防庁 餅などによる窒息事故に注意!
厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2025年版)
消費者庁 食物アレルギー(表示制度の概要)
作り置き・保存と当日の段取り
前日準備と衛生の考え方

前日準備—“6つのポイント”で衛生設計
前日仕込みは、手洗い・器具の洗浄・加熱・急冷・低温保存・再加熱の“6つのポイント”に沿うと段取りが明確です。根菜の下ゆでは当日を軽くする効果があり、冷却後は清潔な容器で冷蔵。だしは朝に温め直して香りを立てると、味のまとまりが良くなります。
元日から松の内までの活用
元日から松の内—味変と安全の両立
連日楽しむ場合は、1日目は鶏+青菜、2日目は魚介+柚子皮など主役を入れ替えて飽きを防ぎます。追加の具は必ず別鍋で十分に加熱し、合わせた後は“中心温度75℃で1分以上”を目安に再加熱します。段取りと衛生を両立させると、味も安全性も維持できます。
再加熱と味の維持
再加熱—中心温度75℃1分以上を目安に
保存後は“中心まで十分に加熱”が基本です。汁をよく混ぜ、沸騰後に火を弱めて全体の温度を均一化し、具の芯まで温まったのを確認します。一般的な衛生目安として、中心温度75℃で1分以上の加熱を意識すると、味と安全性の両面で再現性が高まります。
冬場の常温放置リスクの判断
冬場の常温放置—“低温でも安心”は誤解
冬でも室温や保温状態によって細菌は増えるため、“低温だから安心”とは限りません。鍋は浅い容器に小分けして素早く冷まし、ふたやラップで交差汚染を防いで冷蔵へ。“6つのポイント”の流れ(加熱→急冷→低温保存→再加熱)を守り、2度目の保存は避けます。
参照元:
厚生労働省 家庭でできる食中毒予防の6つのポイント
まとめ
この記事を読むことで、味の三系統・餅の扱い・定番具材・地域差・安全と保存の知識がひと目でわかります。具体的配合(だしの比率)や再加熱の目安、地域の典型を参考にすれば、家族の好みや体調に合わせて、再現性高くお雑煮を仕立てられます。年始の食卓で、満足感と安心を両立する判断基準として活用できます。