豆の炊き加減を見極める技術
私は十勝製餡の製造部・製餡チームに所属し、おはぎやおやき、団子、大福などに使用する各種あんこづくりを担当しています。種類ごとに工程が異なるので、製造スケジュールを予定表で管理しながら、毎朝7時から夕方の4時まで複数のあんこを同時につくっています。
十勝製餡では、基本的に先人のレシピを受け継いであんこの製造をおこなっています。新製品によっては少しつくり方を変えることもありますが、代々ほとんど変わらない味をつくり続けているのが十勝製餡の特徴だと思います。
この仕事でいちばん気を配っているのは、豆の炊き方です。豆は火が通り過ぎると必要以上に炊き上がりがやわらかくなってしまい、それによってあんこの品質が大きく左右されるので、炊き時間には慎重さが必要なんです。おはぎを握る際にきちんとあんこのかたちが保たれるには、あんこが「締まる」硬さに豆を炊き上げることが重要です。
あんこづくりでは、まず豆を入れた湯を沸かし、ぽこぽこと沸騰してきたら一度豆をすくい上げ、硬さを確認します。その際に、冷たい水を一定量入れて豆を冷やすのですが、この水のことを「びっくり水」と呼んでいます。豆を一度冷やすことで、火の通りがよくなるんです。びっくり水を入れた後の豆のやわらかさが十分ではなかった場合、少し炊き時間を伸ばすなどの調整が必要です。その後ふたたび火にかけながら釜の羽を回転させて、豆を循環させます。また沸騰しはじめたら羽を止めて、一定の時間蒸しておきます。
豆の炊き時間はあんこの種類ごとに大まかには決まっているのですが、豆は産地や年産によって火の通り方が変わってくるので、使う豆が変わるたびに、かならず1度炊いてやわらかさを確認し、適切な炊き時間の目安を決めていきます。産地が切り替わるタイミングは仕上がりにばらつきが生じがちで、火がちゃんと通ってない「がり」と呼ばれる状態の豆が出てしまうのと、その分のあんこはすべて使えなくなってしまうので注意が必要です。
こしあん製造のひと苦労
いろんな種類のあんこの製造をおこなうなかでも、こしあんはとりわけつくるのが難しいです。うっかり他の作業に気を取られていると必要以上に練ってしまい、あんこが硬くなってしまいます。そうすると、製品として包装する際に必要な充填機と呼ばれる機械に通らなくなり、そのあんこは出荷できなくなくなってしまうんです。
また、こしあんは「さらし」と呼ばれる粒が入っていないあんこのため、やわらかくなりすぎると柔軟性がなくなり、間に空気が入ってしまうことで密度が下がり、軽くなってしまう場合があります。通常は5キロごとに製造しているのですが、最後に測定した時にそれよりも軽くなってしまったものは、製品として使うことはできません。これまで何度か失敗してしまったことがあり、苦い思いをしました。釜の特徴を掴んでおかないとそういったミスが起きかねないので、慎重に作業するようにしています。
安全・安心なあんこづくりのために
硬いあんこの場合、長い時間練っていると釜の底に塊ができてしまうことがあって、それは目視で取り除く必要があります。もしそれを見逃すと溶けずに残ってしまうので、その分のロットはすべて使えなくなります。少しでも疑いがあるものは製品として出荷することができないので、必ず目を光らせるようにしています。
あんこの品質を保つことはもちろんですが、まずは安全・安心な製品をつくることを第一に考えています。そのためにはなにより、きっちりと清掃に力を入れることが大切です。現在あんこの製造には6口の窯を使用していますが、あんこを混ぜる釜の羽にあんこが残ってしまわないよう、その日の製造が終わったら、分解できるものは部品ごとにばらして、最低でも1時間かけて隅々まで洗浄しています。それに、週に1回に開かれる報告会では、何か気になることや不具合などをこまめに報告するようにしているので、その度にどうすれば改善できるかを話し合い、実行に移すようにしています。
一つひとつの積み重ねによってあんこは炊き上がる
私が入社した当時は昭和の雰囲気がまだ残っていたというか、「仕事は見て覚えろ」といった教え方だったので、厳しく叱られることもありましたね。炊き上がった豆のやわらかさや、仕上がったあんこの硬さを実際に手で触りながら、ちょうどいい加減を覚えていきました。私は決してもの覚えがいい方ではなかったので、習得するまでにはなかなか苦労しましたが、ある程度任せてもらえるようになるまで時間をかけて仕事を覚えていきました。
最近は自分も上の世代になってきたことで、入社してきた後輩に対して豆の炊き方や適切なあんこの硬さについて教えることが増えました。最初はほとんどの人があんこのことをなにも知らない状態で入社するので、自分が教わってきたやり方と同じように、実際につくりながら豆に触れてもらい、仕事を覚えてもらっています。要領よく教えるのはあまり得意ではないので、いまでも苦労する場面はありますね。
あんこづくりのすべてを機械化することは今後も難しいんじゃないかなと思います。豆の炊き加減はもちろん、釜ごとにある「癖」を一つひとつ掴みながら、火の通りやすさをつかんでいく必要があるので。あんこづくりにおいて釜は絶対的な存在なので、釜の特徴や性能によってあんこの仕上がりは変わってきます。それらがうまく積み重なっていき、ちゃんと炊けた時にはやっぱりうれしいですね。毎回あんこが炊き上がる瞬間は「ああ、ちゃんとできたな」と感じます。